眺めた先の春

鮮やかな緑のコートに並ぶ⻘と水色のユニフォームが、一⻫に大きな声でありがとうございましたと挨拶をする。 それを囲む多くの観衆からの拍手と、大きな声で場を盛り上げる揃ったコールに少し緊張しながらも、私も倣って拍手を送り届ける。

今日は⻘学テニス部が氷帝学園に赴き、氷帝テニス部と練習試合をしていた。
何回か訪れたこともあり遠征という程ではないが、やはり自分の中学以外の場所は未だに慣れない。
しかも場所はあの氷帝学園、あらゆる物や場所が立派で豪華で、普段から見慣れたはずのテニスコート自体の広さも⻘学とは比にならないほどだ。
今私が座っている観客席もコートを囲うように階段状に並び、そして辺りは氷帝の生徒であるブラウンのブレザーで水色の席は埋め尽くされている。

白熱した試合をした各校七名の生徒がベンチに向かいながら、時に笑顔、時に悔しげな表情を各々浮かべて今日の試合を振り返り汗を拭う。
私もそんな空気に巻かれ、試合すらしていないのに緊張しっぱなしで、日除けのために用意していたスポーツタオルをずっと握りしめながら見守っていたものだ。
張り詰めていた気持ちを押し出すように深呼吸をすると一気に緊張の糸が解れ、私はその場から立ち上がって⻘のユニフォームの集まるベンチの近くへ歩き出す。

「おつかれさま!」
「幃さん、お疲れ。見に来てくれてたんだな」
「うん! 今日も凄かったねえ、良かったよ...!」

観客席で荷物をまとめる海堂薫くんに声をかけると、達成感に満ちた顔をしてこちらを振り向く。
最近はダブルスでの試合が多い印象で、今日も先輩と組んで出場していた。シングルスとダブルスについて前に少し話を聞いてはいたが、彼自身学ぶことや課題点もある中で日々の試合に専念していると思う。
今日の試合でまた彼の成⻑して勝つ姿を見れたらいいな、と頭の隅で考え、目の前の彼に賞賛を送りながら私も笑顔を返す。

「ああ、ありがとな。この後ミーティングするからよ、悪ぃが少し校門のとこで待っててくんねえか」
「うん、そうするね! じゃあまた後で」

今日の歓喜に浸るのも程々に、バッグのチャックを閉めた彼は肩にそれを担ぐと、コートに入り部員らがいそいそと集まり始めるところを私の背中越しに見つめる。
見れば観客席の生徒らもまばらになっていて、私も足早にコートを去りながら大きな校門へと歩き出す。

...にしても、目に入る全てが大きくて立派なものばかりで、きょろきょろと左右を眺める視線が落ち着かない。
折角だしほんの少しだけ見学がてらお散歩、なんて歩く足取りを緩めた時、一際目立つ校舎の昇降口、ちょうど他の生徒らが校舎に背を向ける中で、校舎の中から一人の女生徒がローファーの爪先を軽く地面に付けて外へ出てくる所を目にする。
彼女は迷うことなく私が今来た道を辿っていくのを見つけ、私は思わず歩みを止めてその姿に目を奪われる。
「...だれだろ」
ほろりとこぼれた独り言は勿論その人に届く訳ではないけれど、つい口にしたくなるような綺麗な立ち振る舞いに見蕩れてしまう。
自分よりも年上のように見えたが、ほんの少し目にしただけでも印象に残るような彼女への興味がじわじわと溢れ出す。
小さくなっていく背中をぼんやり眺めながらも、黑い髪が柔らかく日光を含み、ゆったりとした歩みに合わせてウェーブがかった髪が揺れる事すら見逃したくなくて、⻄日が刺さるのも構わず背中をひたすら見つめる。
やがてその背中が見えなくなったとき、これもひとつの散歩だよ、なんていうこじつけた理由が浮かんでしまえば、私はあの人につられるように後を追いかけた。

テニスコートにかかる最後の曲がり角を少し大回りしながらおそるおそる歩いていくと、丁度コートの中から統率の取られた挨拶が響き渡った。
ビックリして遠くを見ると大勢の人だかりが一度にお辞儀をし、大きな円を崩して解散していくところだった。
全員が水色と白のデザインのジャージを着て、中央から一人...いや、遠くから見てもその雰囲気の違いに思わず背筋を伸ばしてしまうほどの人、跡部さんが人だかりを割くように歩いていく。
その周りには今日試合をしていたレギュラーメンバーが取り囲み、部室のある方へと向かっている。
歩く姿すら様になるなあ、なんて考えながら見ていれば、試合の雰囲気とは打って変わった穏やかな日常が目の前にある。
楽しげな会話と時折混ざる笑い声、ぴょこぴょこと跳ねる鮮やかな髪色の...あれは確か向日さん、だったっけ。
一際背の高い銀髪の人に⻘い帽子の人の対抗するような声、あれはダブルスで出ていた鳳さんと宍戶さんだろう。
そしてあの空気の中心となってワイワイと談笑しているのを列の最後尾からゆったり歩いて見守る紺色の髪色の人が、時折眼鏡をかけ直してのんびりと話しているのが見える。あの人は確か忍足さんだっけな。

すると目の前の彼女がぴたりと歩みを止め、私と同じ方向をじっと見つめている。
そして何やら少し急ぎながらバッグの肩紐をかけ直したり、髪を手櫛で整えたり、身なりを整えてから彼らの後を追いかけ、 パタパタと地面を蹴る音に気づいた忍足さんが目線を送って歩くスピードを落としている。

「侑士さん!」
「先輩、お疲れ様です」

微かに聞こえた名前を呼ぶ声は爽やかに耳に残流。
手を振って向こうへ駆け寄る彼女を見送るように、夕暮れに暖められた風もなんだか嬉しそうだ。
ここから見える姿だけでも二人の空気はとても和やかで、なんだかちょっと羨ましいくらいだ。
単純な興味からついて行ってしまってごめんなさい、とそっと心の中で唱えた私はその場を離れて、でも軽い足取りのまま正門へと戻る。

もうすぐ暮れてしまう橙の空は徐々に紺色に染まっている。
けれどそこに暗い気持ちはなくて、ちょっぴり背伸びしてみたくなるような、落ち着いたあのふたりみたいな雰囲気にしてくれる。
この先またあの人に会えるかはわからないけれど、幸せな空間をまた眺めてみたい羨望を抱えながら、遠くに見えた正門に待ってくれている気になる存在へ駆け出す。

writern by n.t
2024/06/24