悪あがきをさせて

私立氷帝学園高等部3年生に上がって────誕生日を迎えてから、侑士さんとの初デートの日曜日。

「俺は一緒におれるだけで満足やし、先輩の行きたい所に付き合いますよ」

そんなの私だって同じなのに、と思いつつ、 結局特別なデートプランは立てずに普段と変わらず ショッピングに付き合ってもらうことになった。

肌寒くなってきたから、彼好みの脚とくびれがよく見えるタイトシルエットの ニットワンピースをおろして、メイクも普段と変えて秋色を使ってみた。

もう何度もデートしているのに期待と緊張にはいつまで経っても慣れなくて、 それらの気持ちを交えながら前髪を整えていたら、 背後から「待たせてもうたかな。堪忍な」の不意打ちの声。

わざと上目遣いして「少しでも長く一緒に居たくて早めに着いちゃった」と言えば、 「今日なんやいつもよりめっちゃ可愛い。メイクも普段と違うんかな?」なんて返してくるから、 つくづく一枚上手だと思う。
顔が緩まないように注意しているのに、身体は言うことを聞かずにみるみる頬が火照ってしまう。

「先輩の見たい店、周ろか」

するりと恋人繋ぎをしてくる彼。

「こうして手を繋ぐの嬉しいけど……まだやっぱり照れちゃう」
「俺だって照れてますよ。せやけど先輩が可愛いから触れてたい」

そうやって更に照れるようなことを言う侑士さんにはやっぱり敵わない。

他愛もない話をしながらウィンドウショッピングをして 好きなアパレルやコスメのショップを周ったけれど特に欲しい物は見つからなくて、 (今日の収穫は無しかな。せっかく付き合ってもらってるのに申し訳ないなぁ) なんて考えつつ歩いていたら、不意に腰に手を回されて思考停止。
侑士さんは私が露出高めな服を着ることに反対はしないけれど、 オフショルダーやミニ丈スカートなどの 肌見せ要素のあるコーディネートをしている時はボディタッチが多くなる癖がある。
彼なりの独占欲なのか、周囲への牽制なのか、 もしかして私にドキドキしてくっつきたくなってくれているのか、 はたまた全部だったりして。
くっついて欲しくて、わざとそういう服を着て逢いに行くことすらある。
けれど今日の服の選択に邪な意図はなかったから、想定外の不意打ちを喰らったことになった。

20cm上の彼の顔を見上げると、愛おしい眼差しで私を見ている彼の表情がそこにあって。
普段はものすごく物欲にまみれてる私なのに今日はそんなことないのは、 侑士さんとこんな風に密着して歩いていることで既に心が満たされちゃってるからだったりして。

フロアを歩いていると、ショップのディスプレイの中から ふと視界に入ったバッグに足が止まった。
チェック柄にハート型のころんとした形をブラウンの革が縁取るように引き締めていて、 幼すぎず大人可愛い私の好きなデザイン。

「あのバッグ可愛いかな?」
「ええやん、店入りましょうか」

私が何か身に着ける物を買う時は、自分が好きなデザインであることは前提として、 侑士さんにも気に入ってもらえるかどうかを基準にしている。

「ご来店ありがとうございます。こちら可愛いですよね、 ぜひお手に取ってご覧になってくださいませ」

店員さんの接客を受け鏡の前で合わせてみたら、 今日のベージュ基調のニットワンピースにマッチしていてとても惹かれた。
侑士さんも気に入ってくれるなら買っちゃおうかな?と訊こうとしていると────。

「こちら在庫僅かになっておりますが、今日のお客様のお召し物にとてもピッタリで可愛いですね」

そんな親切な店員さんに応えたのは、まさかの彼だった。

「ほんまにピッタリですね」
「彼女さんすごく可愛いのでよくお似合いです!」
「ですよね、俺の彼女めっちゃ可愛いんです」

思わず狼狽える。店員さんにそんなに堂々と惚気るなんて。
私をよそに背後で店員さんと侑士さんが続ける。

「在庫少ないんです?」
「そうなんです、こちら人気のお品物でして……」

侑士さんがかぶりを振る。

「先輩、これめっちゃ似合うとるんでプレゼントさせてください」
「えっ!?いやいや、自分で買うよ!?」
「誕生日プレゼントまだやったから。……言い訳になってまうけど、 部活で時間作れんくて当日までに用意できんかったのも悪いなぁ思ってたし。 これ持ってる先輩可愛くて好きやから持っててほしい。アカンかな」

そんな風に思ってくれてたなんて。
忙しい中私との時間を捻出して会ってくれてるのも分かってるから、 プレゼントなんて大丈夫だったのに。
でも、こんな風に思ってくれてる侑士さんの気持ちを 無下にしたくない。

「本当に嬉しいけど……お金、無理してない……?」
「野暮なこと聞かんといて。全然無理してへんしカッコつけさせてください。 ほな、すいません、これ会計お願いします」

レジへ向かう中、店員さんから「彼氏さんに愛されてらっしゃるんですね」 と言われて口ごもるしかできなかったけれど、 侑士さんがこんなに褒めてくれたのも嬉しかったから、 「このまま使いたいのでタグ切っていただいてもいいですか……?」 とお願いしてその場で手持ちのバッグと入れ替えて 早速使わせてもらうことにした。

「ありがとうございました!この後もデート楽しんでくださいね」

店員さんの元気な見送りを背にしながら、 「侑士さん、私すっごく嬉しいよ。物もだけど、気持ちを伝えてくれたことが。 このバッグを見る度に今日のことを思い出すと思う。 ずっと大切にするね。可愛いプレゼント、本当にありがとう」 と伝えたら、「先輩が喜んでくれて俺も嬉しいです」 微笑みながら頭を優しく撫でられる。

「でも店員さんに惚気るのは恥ずかしいんですけど……!」
「本当の事なんやからええやん。先輩は俺の先輩。 ほんまに可愛いし、めっちゃ好きやで」
「もう、やめてよ……」

力なく反論するけれど、嫌がっている訳ではないのは見通されていて、 いたずらな表情で片方の口角を上げている。

ショッピングを終えてビルの外に出ると、 辺りはすっかり暗くなっていて、夏が終わったことを示している。
ほんの少し前まで猛暑に項垂れていたのに、 ちょうど私の誕生日から急速に季節は秋に変わっていた。

明日も侑士さんは朝練があるから、本当はもっとずっと一緒にいたいけれど、 負担はかけたくない。取り決めておいていた解散の時間が迫っている。

今日がとても幸せだった分別れが名残惜しくて、 明日も学校で会えるのにずっと一緒にいたくて、 この幸せに浸ったまま時間が止まってほしいと願わずにはいられない。
だから少しだけ悪あがきさせてほしい。
駅のホーム、人々の喧騒の隅であのね、と切り出す。

「今日たくさん好きって言ってくれたけど、私は侑士さんのこと好きじゃない」
「だって、好きを通り越して……大好き、だから」

腰に回し続けていた侑士さんの手に力が入るのを感じた。

「……そんなんずるいわ」
「今日ずっとかっこよくてずるかったのはキミの方だよ」
「今日ずっと可愛かったのは誰ですか」
「知らない!」

そっぽを向いて見せると、顔を近づけて彼が声を顰める。

「つぐみ、やろ」

侑士さんの手が力むのに反比例して、私は身体の芯からとろけそうになってしまった。
私があなたの低くて掠れた声に弱いのを知ってか知らずか。

「本当にキミってどこでそんな不埒なこと覚えてくるのよ……」
「さぁな?」

また明日学校でね、遅くまでありがとう、 そう告げてそれぞれ別の電車で帰路に着く。
一日中密着していた侑士さんの残り香に包まれながら、 プレゼントのバッグを抱きしめるように抱えて電車に揺られる帰り道。

車窓からの風景をぼんやり眺めながら、楽しかったひとつひとつのやり取りの 余韻とともに、私が吐いた嘘を思い出す。
本当の本当は、大好きでも足りない。
身も心もとろけさせられたまま、私は侑士さんを愛してる。

あなたの誕生日まであと一週間、だね。
2024/10/06