「はぁ……氷帝ってなんか緊張する…」
今日は風邪で休んでいる南部長の代わりに氷帝まで練習試合の申請書を出しに行っていた。
氷帝の監督は少し厳しそうで苦手だ。
(そういえば……つぐみお姉ちゃんは…)
最近知り合った美人で優しいお姉ちゃん。氷帝に行ったら必ず会いに行くことにしている。
なんなら、お姉ちゃん目当てで氷帝に行くことだってある。
キョロキョロと周りを見渡していると、お姉ちゃんらしき人の姿が目に入った。
「おねえ……」
言いかけて体が止まる。お姉ちゃんは忍足さんと何か話していた。
私はそっと物陰に隠れる。
別に悪いことをしている訳ではないのに、ドキドキした。
忍足さんといる時のお姉ちゃんは、どこか大人びている。私といる時も大人びているが。
なんだか、別の人を見ているようだ。
ちらりと忍足さんは後ろを見る。まるで此方に気がついているかのように。私は慌てて身を小さくした。
忍足さんは、此方を見て、しーっと言うように、にやりと笑った。
「どうしたの?」
「なんでもありません。気のせいやったかな…」
忍足さんはわざとらしくそう言った。
(見てた……よね。)
私はそっと二人が去った後、隠れていた物陰から出て正門に向かう。
「あれ?」
正門どっちだけ?私はまたキョロキョロと辺りを見回す。
早く帰らなければまた二人が来てしまうかもしれない。
(あーん!こんな事なら亜久津君呼べばよかったよー!)
亜久津君はなんだか忙しそうだったので彼には何も言わずそっと部活に行く前に学校を出たのだ。
「つみちゃん?」
聞き慣れた声にびくりと身体を震わす。
「お、お姉ちゃん……と……」
忍足さんもいる。
私は先程の流れを思い出す。忍足さんはじっと私を見ている。
「お、忍足さんど、どどどうも……」
自然に振る舞いたいのにさっきの二人が浮かんで、ぎこちない感じになってしまった。
これでは私が二人を尾行していたみたいじゃないか。
「さっきぶりやなぁ。」
「え?会ってたの?」
忍足さんはなにか面白いことを見つけたような、そんな顔をしている。
「まぁ、そんなもんや。な?」
忍足さんはさっきのことを黙ってくれるようだ。
「え〜来てたなら声掛けてくれてよかったのに。」
何も知らないお姉ちゃんは優しくそう言う。優しさが痛い。余計に申し訳なくなってきた。
「つみちゃん?すごい汗だよ?」
「あ、あはは……まぁ、ちょっと迷って走り回ったから。」
「待ってて私なにか飲み物買ってくるね。キミも何かいる?」
冷や汗だなんてとても言える状況ではない。
「ええんですか?ほなら緑茶で。」
「うん。つみちゃんはジュース?」
「た、炭酸系ので……」
わかったとお姉ちゃんは自販機に向かう。二人きりになってしまった。私は俯いて顔を見ないようにする。何を言われるか怖い。嫌な汗が頬を伝う。
「見とったよな?俺らのこと。」
私は忍足さんの顔を見る。案外彼は怒っていないようで、私をからかっているようだった。
「み、見てました……あの、後をつけるとかそういう気はなくたまたま……」
「ふーん…声、かけてもええのに。」
声を掛けられるわけがない。私は確かに何事にも物怖じしないと周囲によく言われるが、さすがにあの空間に飛び込んで破壊するほどめちゃくちゃではない。
「あの、二人が……楽しそうだったんで…その、邪魔しちゃ悪いなって……」
「それ、先輩に言われてん?」
「いえ、わ、私の判断…です。」
同じ学年なのに思わず敬語になる。この人は相変わらず何を考えているのかわからない。
お姉ちゃんにはわかるんだろうか。と関係の無いことを考えてしまう。
「ようできた後輩やなぁ。」
あの時、しーっと何も言わないように私を密かに牽制していた忍足さんが浮かぶ。
やはりこの人はお姉ちゃんが好きなのだと、例え女であろうと渡したくないのだ、と思う。
「はい。飲み物、買ってきたよ。」
缶のポンタと緑茶二本を持って、お姉ちゃんが帰ってきた。
「あ、ありがと…あの、お金」
「いいよ。熱中症になっちゃったら大変でしょ。これは私からのプレゼント。」
ね?とお姉ちゃんは私に優しく笑いかけてそう言う。
「先輩も同じの買ったんですね。」
「お茶が飲みたかったから。」
私は二人のやりとりを見ながら缶をあける。
二人きりの時でも大人っぽく見えるが、忍足さんと並ぶと余計大人っぽく見える。
少し歳が違うだけでこんなにも大人っぽく見えるなんて不思議だ。私と話す時の少し同じ年代の子のような笑顔を出さない、
別の人のような彼女の横顔をじっと見ながらそう考える。
(きっと忍足さんがいるからなんだろうな。)
私はポンタを一口飲む。
「つみちゃんさっきからなにかよそよそしいけど…大丈夫?」
「あ、えっと、う、うんなんでもない。少し疲れたのかも。今日五時間目体育だったし。」
私は誤魔化す。なんとかお姉ちゃんに知られないようにしたい。そんなことで怒らないのはわかっているが。
「なんや引き止めたみたいで悪いなぁ。」
さっきの会話がなかったかのように忍足さんはそう言う。
「う、ううん!大丈夫!この学校広くて少し迷っちゃって…」
「そうだったの。それじゃ、これ飲み終わったら正門まで案内するね。」
迷子になった小さな子を安心させるようにお姉ちゃんはそういう。
私は子供だ。でも二人は違う。
(私も高校生になったらこうなるのかな…そしたら亜久津君と……)
そこまで思って止まる。混乱することがあった時に思考が散らかるのは私の悪い癖だ。
「ふ、二人は……」
「ん?」
綺麗な二人の顔がこちらを見る。
「普段どんな話するんですか?」
逆にこれは二人のことを聞くチャンスだ。ピンチはチャンスに変わる。
「どんなって……」
「好きな映画の話とかかなぁ……あ、そう言えばこの前先輩が話しとった新作映画のポスター見かけましたよ。」
「え?」
「ほら、前話しとった……」
するりとナチュラルに二人の世界になる。なんだか私はいてはいけない気がする。
気まずくなってポンタを一気に飲み干す。
いつもは味がするのに全く味がしなかった。
「あ、ごめんね。つみちゃん置いてっちゃったね。案外普通でしょ?」
「そ、そうだね……」
私はすくっと立ち上がる。
「あの、部活……あるから案内、お願いできる?」
「ん、いいよ。行こう。」
お姉ちゃんは緑茶のキャップをしめて立ち上がる。忍足さんも同じようにキャップをしめて立ち上がった。
行動もシンクロしている。私もああなりたいと思ってしまった。
「今日はありがとう。」
「うん。またゆっくり氷帝に来てね。」
「気ぃつけて帰りや。」
私は頭を下げて氷帝を後にする。
(収穫、あったかなぁ。)
私は足早にバス停を目指す。まだ、胸がドキドキしていた。
なんだか大人ばかりの知らない場所に放り出されたような緊張感は、
いつの間に迎えに来ていた亜久津君と数メートル先で合流するまで続いた。
「……」
「なんか考え事してます?」
彼はそう言って私の顔をのぞき込む。
「いや、つみちゃん大丈夫だったかなって。今日は日差しが強いから日射病にでもなってないか……汗も凄かったし。」
彼は何かを知っているのか少し笑う。
「なに?」
「いや、水分もとったし大丈夫なんちゃいます?先輩に会う前山吹の亜久津が正門前彷徨いてるの見ましたし。」
「そう。ならよかったけど……」
まだ、彼は何か言いたげに私の顔を見たままだ。彼の綺麗な瞳に私が映っている。
私は火照りそうな熱を抑えるように頭の片隅にある理性を働かせてなんとか平静を保つ。
「私の顔になにかついてる?」
「いや、ええ後輩持ちましたね。」
「なにそれ。」
「さぁ、なんやろな。」
また、いたずらっぽい笑みだ。私は彼の時折見せるこの顔が好きだ。
本人に言うのはなんとなく恥ずかしいので言えないけれど。
「そろそろ下校時間ですね。」
「あのね。」
私が何か言いかけると遮るように彼が口を開く。
「帰りましょか。先輩。」
「……言わせてくれないの狡いよ。」
「こういうんは男から誘った方がええでしょ。カッコ、つけさせてください。」
writeren by t.t
2024/02/12