変態

──変態って知ってる?

パフェのホイップをスプーンで掬いながら切り出した。

賑やかなレストランで向かい合い一通りの近況報告や他愛のない話を交わし終えて、 窓の外が薄暗くなってきた辺りのこと。

「知ってる!こんな人前で言っていいか分かんないけど……あれでしょ、えっちなコスプレしたり縄で縛っ」
手元のスプーンを彼女の口に押し込んで言葉を遮る。
「振ってきたのお姉ちゃんじゃん!」
事態が読めないといった様子でこちらに訴える表情は仔犬そのものなのに、先程のまるで似つかわしくない言動は一体どこで覚えてきたんだろう。
……女の子は誰しも人に言わない一面を持っているものだし、本題は別だ。詮索はやめておこう。

「私の言う変態っていうのは、虫の事。蝶々ってあんなに綺麗だけど、蝶になるまでには芋虫と蛹の時代があって、まるで姿が変わるじゃない」
「ふんふん、確かに。それが変態とどう関係あるの?」
パフェを食べ進めながら、
「蛹の中身ってどうなってるか知ってる?」
「それ子供の頃気になってた!!ヤンチャな子は潰しちゃったりしてさ。私は可哀想だからやらなかったけど、 そういえば蛹ってどうなってるか知らないまま大人になっちゃったなぁ」
「知りたい?」
アイスが溶けてパフェグラスを滴る。
「知りたい!あっ、あんまグロいのは勘弁ね」

承諾を得た私は、黙ったままスプーンでパフェグラスの中を滅茶苦茶に掻き回した。
可愛らしく層になっていたパフェの断面は見る影もなく、ただのドロドロの液体と化した。
「ちょっ、お姉ちゃん!何やってんの!?まさか怒っ……?ど、どうしたの?」
不安と少しの安堵が入り混じった顔のつみちゃんが身を乗り出して不憫に思えたので、笑顔を貼り付けて──でも視線は落としたまま──答えた。
「こうなってるんだよ、蛹の中身」
突然の行動に理解が追いつかなかったようで、口をあんぐりさせている。
「びっくりさせてごめんね?蛹の中身って液体なの」
「えぇっ!?」
さらに驚かせて申し訳ないと思いつつも表情は虚ろなまま、スプーンをくるくると回しながら続ける。
「さっきまでのパフェが芋虫なら、このドロドロの液体が蛹の中身なの。蛹の殻はパフェグラスってとこかなぁ。それが私の言う“変態”」
彼女は冒頭の自分の発言を思い出したようで、私だけ恥かいちゃったじゃん!と無邪気に笑っていた。

「私、綺麗になりたいんだよね」
「忍足さんのために?」
ようやくいつものふたりの調子が戻ってきた。肝心な質問は、 「モルフォ蝶みたいに神々しくて作り物かと思うくらい綺麗になりたいの」と誤魔化すのも、いつも通り。

「お姉ちゃん綺麗じゃん」
「私の理想は高いんだよ?あんなに綺麗なモルフォ蝶も、私達が知ってる姿になる前はグチャグチャの蛹なんだよね。1匹残らずみんな。それってロマン感じない?」
つみちゃんはまた笑った。
「そのロマンチストぶり、忍足さんの影響でしょ」
否定はしない。

「私は彼の前では自信あるフリしてるけど、 実際は卑屈でコンプレックスだらけなの知ってるでしょ?」
生まれ持った物に自信はなかった。
だから美しくなる為にいろんな事をした。
結果が伴ってくると、多少は自信がついたし、過去の自分がしてきたことを努力と認められるようになった。
「殻を破れる時が来たら私の変態は終わるんだと思う。でも殻が硬いの。このパフェグラスみたいに」
「今のお姉ちゃんは蛹ってこと?」
「そう。だから心の中はグチャグチャのドロドロで心の整理がつかない時もあるんだよ」

「ねぇ、つぐみお姉ちゃん」
「なぁに、つみちゃん」
「私の従兄弟が昔愛媛に住んでたんだけど、愛媛には養蚕業があってね。蚕って知ってる?シルクを作ってくれる虫さん。 蛾って言うとイメージが悪いかもしれないけど、とっても可愛いの!」
スマホで蚕の写真を見せてくれた。白くてふわふわして幻想的で、およそ世間一般に想起される蛾とは大違いだった。
「蚕は蛹の代わりに繭を作るんだよ。その繭の系を撚ることでシルクが作られるの!お姉ちゃんはシルク、綺麗だと思う?」
「……思う」
「それなら!」彼女は身を乗り出す。 「お姉ちゃんは硬い殻に閉じこもった蛹なんかじゃなくて繭って事にしようよ!」
そしたら今が一番綺麗ってことになるもん!と一際明るく言う。
私は彼女のような明るさや真っ直ぐさを持ち合わせていないから、時折とても眩しく輝いて見える。
つられて笑いながら、元々パフェだった液体を口へ運ぶ。

ドロドロになってもパフェは美味しいし、自分を好きになれなくても努力した事実は変わらない。
羽化できずに殻の中で足掻くのは止めて、柔らかな繭に包まれるのも悪くないかもしれない。

「つみちゃん、ありがとうね」
「お姉ちゃんのことだからまだ無理するんだろうけどね。最近また断食してたでしょ。倒れちゃうよ?」
「ファスティングね。当然手は抜かないよ?一番綺麗になりたいからね」
「忍足さんの一番、ね」
「否定はしない……」

エピローグ

「ところで繭からシルクを作るってことは蚕が羽化できないんじゃないの?」
「できないよ?茹でちゃう!」
「茹っ……」
「悲しいけど、その為に人に造られた生き物だから。おかいこさまに感謝しながら繭をいただくんだよー!」
「勉強になります……」

自分を見失い、パフェに八つ当たり
2023/12/11